2006年05月24日

第30章 パンハクの過ごし方

1級のパンハク、俺が行動を共にするメンバーが揃った。

まず、ペクさんひとみちゃんゲンジペリーヨシノリ、そして
ペクさんと1級で同じ班だった(ペクさんはもう一度1級をやるはめとなったが・・・)文(ムン)君。ムンは大阪の高槻から来ていた。
そして、豊増(とよます)君、彼の通称はタローである。それもただ単に俳優の志垣太郎に似ているというだけ理由でタローと命名された。彼もペクさんとムンと同じ班だった。
そして、ヨシノリと同じ下宿で当時4級から5級に上がるという石原君(広島市から来ていた。彼の父親は広島大学教授でありお坊ちゃまである。)

ムンとタローは当時21歳、石原は22歳であった。

それに何といっても欠かせない人物が、許(ホ)ジョンチャという三重県津市から来ていた奴だ!
彼は俺と同い年であり、日本にいた時から韓国語を独学で学び、語学堂の入学は4級からであった。石原と同じ班であり俺たちのグループに合流した。



ジョンチャの凄いところは、ヤンキー出身でありながら勉強家、また商才にもたけていた。
高校を中退後、大検で高校卒業資格を取得。韓国に来る前まで地元の津市で塗装会社を設立して年商1億を稼いでいた輩だ!韓国留学を機に会社を閉め、使っていた従業員5名を解雇して、単身ソウルに乗り込んできた。
身長182cmで細身、女にモテるが、顔は笑福亭鶴瓶を若干細面にした感じで、けしていい男ではない。しかしカリスマ性は飛びぬけてあった。



この説明の通り、やはり固まるのは日本人と在日のメンバーにどうしもなってしまった。

やっぱり楽なのかも知れない。



パンハクはとにかくやることがない。それでもジョンチャは日本語学院(イルボノハグォン)のパート講師みたいな事をやっていたが、韓国語の実力が低い俺たちは暇で暇で・・・。

従って、夜を待って新村の酒場を徘徊するようになる。

そんな時、俺はソウルに来たばかりのヨシノリとペリーを連れて夜の新村に向かった。

ここで、やはり事件が発生してしまった・・・。
詳細は、『外伝』で・・・!お楽しみに!
posted by ジョンホ at 18:55| Comment(1) | TrackBack(0) | 留学生活日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今、パンハク中です… 中国人や韓国人と遊んでますよ(^^) 買い物行ったり、飲み会やったりしてます…(^^) 
Posted by KIMIE at 2006年05月26日 13:27
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